当院における肥満症治療について

いつもいんべクリニックをご利用いただき誠にありがとうございます。

私は全国的にも数が少ない日本肥満学会認定肥満症専門医の一人であり、現在大阪でも17名しか専門医がおらず、「肥満症」について数多くの御相談を頂いております。ただ、当院では現在自費診療の肥満症外来を実施しておらず、保険診療の範囲内での肥満症外来を実施しております。保険診療で現在可能な肥満症診療と、そう遠くない未来に実現可能な肥満症診療の両者についてお話出来ればと考えております。

肥満症とは?

「肥満に起因、関連する健康障害を有するか、そうした健康障害が予測される内臓脂肪が過剰に蓄積した場合で、減量治療を必要とする状態」と定義されています。

健康診断でBMI(Body Mass Index)という項目がありますが、BMIは「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」で計算される数値です。日本人はBMI25kg/m2以上を「肥満」としています。

ただ、「肥満症」とは「BMI≧25kg/m2」に加えて、「肥満関連疾患もしくは内臓脂肪型肥満(腹部CTで要確定診断)、またはその両者」が存在していることが必要です。

肥満関連疾患って、どんなものがありますか?

肥満に関連する疾患はたくさんありますが、特に肥満症の診断に必要な疾患は以下の11疾患とされています。

①耐糖能障害(2型糖尿病、耐糖能異常など)
②脂質異常症
③高血圧
③高尿酸血症・痛風
④冠動脈疾患:心筋梗塞・狭心症
⑤脳梗塞:脳血栓症・一過性脳虚血発作
⑥非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)
⑦月経異常・不妊
⑧閉塞性睡眠時無呼吸症候群
⑨肥満低換気症候群
⑩運動器疾患:変形性関節症(膝・股関節)・変形性脊椎症、手指の変形性関節症
⑪肥満関連腎臓病

肥満症の診断基準には含まれないものの、肥満に関連する健康障害は次のようなものがあります。

◇悪性疾患

大腸がん、食道がん、子宮体がん、膵臓がん、腎臓がん、乳がん、肝臓がん

◇良性疾患

胆石病、静脈血栓症・肺塞栓症、気管支喘息皮膚疾患、男性不妊、胃食道逆流症、精神疾患

肥満症はどのように治療するのですか?

この点が皆様から一番お問い合わせを頂く点かと思います。基本的には①食事療法、②運動療法、③行動療法、④薬物療法をバランスよく行うことが重要です。最近ではこれに加えて⑤手術療法も選択肢に加わりました。

<薬物療法>

④の薬物療法については2023年1月31日時点で肥満症に適応のある薬剤はマジンドールしかありません。また肥満症治療に対する薬物療法では、「肥満症治療の基本である食事療法及び運動療法をあらかじめ適用し、その効果が不十分な高度肥満症患者にのみ、本剤の使用を考慮すること。」とされており、肥満症なのですぐに治療薬を開始するというわけにはいきません。食事療法・運動療法といった生活習慣の改善が治療の基本となります。

用法及び用量については、「本剤は肥満度が+70%以上又はBMIが35以上の高度肥満症患者に対して、食事療法及び運動療法の補助療法として用いる。通常、成人には、マジンドールとして0.5mg(1錠)を1日1回昼食前に経口投与する。1日最高投与量はマジンドールとして1.5mg(3錠)までとし、2~3回に分けて食前に経口投与するが、できる限り最小有効量を用いること。投与期間はできる限り短期間とし、3ヵ月を限度とする。なお、1ヵ月以内に効果のみられない場合は投与を中止すること。」とされており、また2週間を超えて処方することが禁じられており、しっかりとした医学管理を行うことが求められています。もちろん、3か月間の治療だけで肥満症治療が完結するわけではなく、継続的な肥満症治療が欠かせません。ただし、薬物療法を含めた肥満症治療を受けて頂くことで減量のきっかけを得ることができ、薬物療法終了後も継続的に減量が可能となり、生活習慣の改善のみで20~30kgの減量が可能となる方も少なくありません。

<手術療法>

⑤の手術療法については、日本ではながらく普及してきませんでしたが、2014年4月に減量手術が保険収載されたことをきっかけに取り組む医療機関が増えてきています。現在日本で主流となっている減量手術は下の図にある、「腹腔鏡下袖状胃切除術(ふくくうきょうかゆうじょういせつじょじゅつ)」という手術法です。これは腹腔鏡手術で胃のほとんどを取ってしまい、食べることのできる胃の容積を減らす手術です。

胃の容積を減らす手術なので、食べられなくする手術というのがこの手術の狙いなのですが、食欲に関係するホルモンを調整することが出来ることも知られています。食欲を増進させるホルモンの一つに「グレリン」というホルモンがあります。これは胃に存在することが知られているのですが、手術を受けることで胃のほとんどを取ることになるため、食欲を増進させるホルモン「グレリン」を取り除くことが出来、減量に有効であるとされます。当院では手術は出来ないため、手術が可能な病院をご紹介することになります。当院で肥満症治療を受けて頂いても、なお減量の必要性が高いかた、または手術療法を受けることが望ましいと考えられる方にはその旨お伝えさせていただきます(手術が必須というわけではありません)。

なぜ肥満症の治療を受ける必要があるのか?

体重が重たいだけの状態を肥満と呼びますが、肥満症は肥満に加えて肥満に関連した健康障害が出ている状態のことです。肥満に関連した健康障害には2型糖尿病など心血管疾患の発症に大きな影響を与える疾患を含め、多数のリスク因子を抱えています。当然、肥満に陥る前に予防出来ればそれが良いのは言うまでもありません。ただ、肥満に加えて、肥満に関連した健康障害が出ている状態では何らかの治療が必要なのは言うまでもありません。この想いは皆さん同じかと思います。ここで2022年9月に「肥満」と「肥満症」についての意識実態調査が報告されていますので、そのまとめを以下に記載します。原文はこちらからご覧いただけます。

【自身の体型に対する意識と実態】
・「今より痩せたい」と思っている人が 95.4%。
・何キロ痩せたいかでは 10kg 以上が49.0%を占める。 20キロ以上という人も 16.0%。 最も多くの人が回答したのは「10kg以上~15kg未満」 で 23.1%。
・新型コロナウイルス感染症流行前と比較して体重が増えた人が 37.5%。 増えた人が多かったのは埼玉県、石川県 熊本県。
【肥満対策について】
・今までに何らかの「減量」や「ダイエット」に取り組んだことがある人は86.4%に達する。
・これまでに10回以上ダイエットに挑戦したという人も 14.0%いる。
・行ったことがある減量法の1位は「間食やおやつを控える」 (51.5%)、2位 「食事制限」 (47.1%)、 3位 「食べ方に気をつける」 (38.1%)。 一方で減量法として「病院に行き、 医師に相談する」という人は 4.1%にとどまる。
・「減量」や 「ダイエット」に取り組んだことがある中で、 成功しなかったり、リバウンドした経験がある人が 94.6%。
・減量が成功しなかった理由1位は「ストレスが溜まった」 (42.5%)、2位「面倒になった」 (41.6%)、3 位 「効果が実感できなかった」 ( 38.2%)。
・「肥満」の悩みについて病院に行ったり、医師に相談したりしたことがある人は 12.5%。 全国で最も多い島根県でも 18.0%にとどまる。 相談しない理由で最も多いのは 「『肥満』は自己責任だと思うから」で 35.5%。 一方相談した理由で最も多いのは「健康診断で勧められたから」で47.7%。
【肥満症の理解】
・「肥満」と 「肥満症」が違うことを知っている人は全体の 28.7%。
・「肥満症」の定義を知っている人は「なんとなく」を含めても全体の 8.8%。 認知度が最も高かったのは和歌山。
【太っていることに対する周囲からのネガティブな反応】
・太っていることが原因で他人からネガティブなことを言われた経験がある人が47.5%。
・言われたネガティブなことで多かったのは 「運動不足である」 (49.1%)、 「だらしがない、 怠惰である」 (38.7%)、「食生活や生活習慣が乱れている」 32.9% など。

「ノボノルディスクファーマ、第2回47都道府県を対象とした「肥満」と「肥満症」に関する日本人9400名の意識実態調査結果」より引用

このように多くの肥満に苦しむ方々が健康な生活をおくろうと努力しても90%以上の方がリバウンドをしてしまい、その大半の方々が医療にアクセスできずに健康な体を取り戻すことをあきらめている実態が明らかになりました。
長らく肥満症は自己管理能力の低さやだらしなさといった個人の能力を著しく貶めるような取り扱いをされることがほとんどでした。ただ、現在では遺伝的な素因や社会的背景など様々なことが原因で肥満症に陥り、苦しんでこられていることが解明されてきました。こういった自己責任論のような肥満に関する誤った認識を改め、適切な医療を受けて頂くことによってこれまでよりも更に社会的にも活躍して頂くサポートを継続的に行ってまいりたいと考えております。

「肥満症診療ガイドライン2022」より引用

今後の新たな肥満症治療について

長らく肥満症治療の領域においては諸外国と比較して日本においては治療薬の数が少なく、医療者としても大変心苦しい状態が続いておりました。しかしここにきて、「肥満症」そのものに適応のある薬剤が使用出来る見通しになって参りました(2023年の春以降になろうかと思います)。適応内容としては「肥満症」の適応ですので「高血圧、脂質異常症又は2型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず」という条件のもと、従来の肥満症治療薬の適応基準である「BMIが35kg/m2以上」に加えて、「BMIが27kg/m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する」方に適応となる見込みとなりました。日本人においてBMIが30kg/m2以上の方は全国民の3%前後、BMIが35kg/m2以上の方は全国民の1%未満ですので、これまではそもそも薬物療法の対象となる方が非常に少ない状況でした。但し、日本肥満学会が肥満の基準としてBMIが25kg/m2以上の方々は男性で約30%前後、女性で約20%前後とされていますので、BMIが27kg/m2以上で高血圧、脂質異常症又は2型糖尿病の何れかを2つ以上持っている方は、現在治療中の疾患に加えて肥満症の治療も受けることが可能になるかもしれないということです。ただ、基本となるのは食事療法や運動療法といった生活習慣の改善であることは言うまでもありません。

最後に

肥満症は治療に値する疾患と考えてこれまで診療にあたってきました。その一方で、治療薬の適応となる患者様の範囲が非常に少なく、治療薬の適応とならない患者様に投薬出来ない旨お伝えするたびに心を痛めておりました。この度、新しいお薬が公に認められるようになる見込みであるとのことで、非常に嬉しく思っております。現在当院で通院中の方はもとより、他院で高血圧、脂質異常症、2型糖尿病で通院中で肥満症にお悩みの方は是非お気軽に当院を受診下さい。皆様の健やかな毎日を一緒にサポートさせて頂きます。

関連記事

  1. パーソナルヘルスレコード(PHR)アプリ「welbyマイカル…

  2. クリニックの入り口

  3. コレステロールって何が影響するの?

  4. 新型コロナワクチンについて

  5. 今日は世界肥満(症)デーです

  6. アナフィラキシーショックについて

AI相談窓口